阿蘇の大地が見えてきた。

無言でいつもそこにいる。

いつ戻っても、大きな大きなエネルギーが包んでくれる。

どんな自分でも無条件に受け入れてくれる。

 

涙が出た。

こうしていつだって迎えてくれることに。

 

私は、大切なものを見失っていた。

 

 

 

空港に降り立つと、突然時間の流れが変わった。

まさに、南国。

東京と10度の差!

 

 

でも、気温に比例するかのようにすべてがあたたかくて

聞こえてくる方言もなつかしく感じた。

 

 

方言で、方言の話をしていたバスの運転手さん(笑)

「阿蘇の奥地の方の熊本弁はひどい」という内容をなかなかの熊本弁で話していた。

 

 

 

会場へ向かう途中

歌う曲を聞く。

 

 

 

どこまでも澄み切った空、果てしなく広大な山々、そして豊富な緑のじゅうたん、

育った街の原風景を眺めながら

聞こえてくる詞が響く。

 

 

なるほど。

 

今日この日にこの曲を歌うことになっていたことになっていた。

この必然性に、やはりまたしても「人生よくできているな」と思った。

 

 

 

 

 

夢を失うよりも悲しいことは

自分を信じてあげられないこと

 

 

 

今は自分を抱きしめて

命の煌めき感じて

 

 

 

愛を学ぶために孤独があるなら

意味のないことなど起こりはしない

 

 

 

 

これは一種のチャネリング曲のように

私の中を一本通り、繋がる。

無になる。

特別な曲。

 

さらに、詞が響く。

 

 

この曲を先生が勧めてくれたのも伏線であり、私にとって「まさに、今」だった。

 

 

 

会場に着くと

独特のあたたかさにあふれていた。

 

人間の発する波長により敏感になったからだろうか。

何だこの集団はと思うほど

個性的でありながら、真摯な努力家で、あたたかいハートフルな人ばかり。

学ぶものがある人達。

 

類友の法則。まさに先生の姿そのものである。

 

 

 

 

その後、自分のステージ以上に一番衝撃を受けたもの。

 

尾崎豊の「卒業」

 

 

 

行儀よくまじめなんて 出来やしなかった

夜の校舎 窓ガラス壊してまわった

逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった

 

信じられぬ大人との争いの中で 許しあい いったい何 解りあえただろう

うんざりしながら それでも過ごした ひとつだけ 解っていたこと この支配からの 卒業

 

誰かの喧嘩の話に みんな熱くなり 自分がどれだけ強いか 知りたかった

力だけが必要だと 頑なに信じて 従うとは負けることと言いきかした

友だちにさえ 強がって見せた 時には誰かを傷つけても

やがて誰も恋に落ちて 愛の言葉と 理想の愛 それだけに心奪われた

 

生きる為に 計算高くなれと言うが 人を愛すまっすぐさを強く信じた

大切なのは何 愛することと 生きる為にすることの区別迷った

 

行儀よくまじめなんて クソくらえと思った 夜の校舎 窓ガラス壊してまわった

逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった

信じられぬ大人との争いの中で 許しあい いったい何 解りあえただろう

うんざりしながら それでも過ごした ひとつだけ 解ってたこと この支配からの 卒業

 

卒業して いったい何解ると言うのか 想い出のほかに 何が残るというのか

人は誰も縛られた かよわき子羊ならば

先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか

俺達の怒り どこへ向うべきなのか

これからは 何が俺を縛りつけるだろう

 

あと何度自分自身 卒業すれば

本当の自分に たどりつけるだろう

仕組まれた自由に 誰も気づかずに あがいた日々も 終る

この支配からの 卒業

闘いからの 卒業

 

泣いた。

涙がとまらなかった。

 

 

制限

自分を縛り付けるもの

自分で縛り付けてきたもの

苦しさ

葛藤

生きづらさ

一筋縄ではいかないこと

それでも、もがき

前を向く強さ

 

 

抱えてきたものが一度にあふれたのか

ボロボロ泣いた。

 

 

 

元々、メッセージ性のある曲。

尾崎のエネルギーそのもの。

 

 

それを、自分のものにして

自分自身の要素で体現し

ぴたりと表現していた。

魅了された。

素晴らしかった。

 

 

 

私は、上手になるためではなく

伝わる歌が歌いたかった

 

それを思い出した。

 

書でもそう。

そして、仕事でもそう。

 

うまくやりたい

成功したい

すごくなりたい

 

それよりも何よりも

 

自分自身でありたい

開かれた「その瞬間」の己を表現していたい

そして、それが誰かに伝わればいい。

 

 

誰かにとって一縷の望みになったり

力になったり

明日へ向かう希望となったり

 

 

 

これまでいくつもの絶望を味わってきたので

特に、そんな状況にある人が1ミリでも生きる力になったり

ほんの少しでも安らぎ

こころを癒すことができたなら。。。

 

そんな存在でいたい

 

 

 

 

そういえば、思い出したことがある。

 

亡き父は尾崎豊が好きだった。

 

 

 

父はずっと地元の進学校で進学指導が専門で、生徒さん達は有数の大学へ進学されていたので

てっきり進学させることに重きを置いているのだと思ってきたが

実際はそうじゃなかった。

 

 

教え子さんたちが話してくれたこと。

「先生はいつも生徒の味方だった。
悪いことして延々といつまでも罰掃除をさせられていた私たちに一緒に校長室に謝りに行き約束する場を設けてくれた。
担任は何もしてくれなかったから、あの時の姿と言ってくれた言葉を忘れもしない」

 

私が教師時代に初対面の先生から「もしかして先生の娘さんですか?!高3の受験で第一志望が落ちた時、担任は休んで出てきてくれなかったのに
先生がずっと一緒に、次の手を打とうと探してくれたんです。」と言われたこともあった。

 

 

「お正月に皆で加藤神社にお参りに連れていったくれた。
私達は一生に一度。だからこそ30年経っても思い出に残っている。
でも、今思えば、毎年それをされていた先生。家族の犠牲の上に、私達が恩恵を受けさせて頂いてたんですね」という方もいた。

 

犠牲だなんて思ったことなど一度もないけど、皆さんそれぞれにご活躍でまばゆいほどに魅力的な方々ばかりで。。
そうやって父が1つ1つ蒔いた種が、何十年を経て、日本中、いや世界中で開花して、この社会や世界を創造しているということがとても凄いことだと思った。

 

勿論、その為にやってるわけじゃなかったと思う。

でも、何気ない、些細な、1つ1つの言動が、思いもかけず相手のこころに残っていて記憶されていて

時を経て思い出して頂き、それがその人の一部となっていること。

その人からまた世界へ発信され、たくさんの人に繋がっていること。

 

その元々は、目の前の相手に対する「思い」や愛なしには、成し得なかっただろうこと。

 

 

内なる愛

一点からどこまでも広がる構図が浮かび

清々しい気持ちになった。

その一点こそ内在神だ。

 

 

 

 

長年、女子の進学高にいたのでそのイメージしかなかったが、私が生まれる前、より若かりし時代の共学校の教え子さんたちもお参りにいらした。
そのとき
「私たちも先生のこと大好きだったけど、男子の方が先生を慕っていたよね。
特に不良の男子生徒たちがいつも先生に相談してた。
信頼関係がすごくてうらやましかった(笑)先生は懐が広くて、器が大きかったからね」と話してくださった。

 

尾崎豊が好きだったのも、父自身が同じ要素や経験をしてきたからなのだろう。
そして、そのパッションだけは私も引き継いでいるようだ。(笑)

 

 

あと何度自分自身 卒業すれば

本当の自分に たどりつけるだろう

仕組まれた自由に 誰も気づかずに あがいた日々も 終る

この支配からの 卒業

闘いからの 卒業

 

 

 

旅を経て

いつも以上に濃い吸収、そして潔く手放した。

 

またひとつ脱皮したことに気付かせてくれた

尾崎豊の詞だった。

魂から伝えんとすること

全身全霊での表現

まっすぐなメッセージは

時空間を超えて

この世界を去ってもなお生き続ける。

 

私もいつかそんな人になりたい。

そんな存在になれるよう

自分としての命の表現

一瞬一瞬を積み重ねていこうと思った。

 

 

2019/12/01

Komaki