大切にされないのに、無理して合わせる必要などない。
雑な対応に対して、心地悪さを感じるなら、無理して付き合う必要もない。
人として尊重されないのに、我慢する必要もない。
どんどん自分がすり減る。
それらはどれも自分をないがしろにする行為。


どんなに自分が相手を尊重し、大切に思い、いつも丁寧に対応しても、世の中には色々な人がいる。
真逆の対応をされることもある。

大局的に見れば、自分がしたことが自分に戻ってくるけど、その時点でその相手から戻ってくるとは限らない。

だからもし、不快な対応や、違和感を覚えるのなら、無理する必要なんてないんだよ。


それが、自分を大切するということ。

自分を尊重するということ。


大事なのは
その都度、自分で自分を大切にし、
自分を尊重していく行為を選んでいくことだ。


そうしていけば
いつしか周りには
同じことを大切にしている人や
近い価値観の人ばかりがいる。


自分が自分に対して大切に接するように、相手も大切に接して下さる。
そんな世界になる。


尊重し、尊重される
大切に思い、大切に思われる
丁寧に対応し、丁寧に対応される

そんな心地いい繋がりだけになる。


結局は、それも自分の選択。

付き合う人も、環境も
自分で判断し選んでいるのだから
周りに不満や文句など言えないよ。


とことん自分を大切に尊重していると、周りにそんな人はいなくなるから。


無理しなくていい。
すり減ることなどない。


自己犠牲的にならないで、
日々の些細な一つ一つにも心地よさ、信頼関係、喜びを大切にしよう。

 


たとえ、それまでどんなにお世話になったとしても
どんなにすごい人でも
どんなに尊敬できていたとしても

結局は、人と人。

上も下もない。

人としてどうか?

だから。

 

本当にすごい人はそれを理解している。

人と人として
同じ目線で
尊重し合い
大切に思い
丁寧に
愛で、まごころで付き合える
自分が心地いい関係だけを大切にしていこう。

 


自分の言動を振り返り
自分に原因がないのなら、
我慢することなどないよ。

もし
明らかに心地悪さを感じたり
何か違和感を抱いたのなら
その感覚を大切に。

 

 


澄んだ目で
相手を見ること。

まっすぐに
見抜くこと。

その時の
自分を見ること。

そこに思考を介した取ってつけたようなフォローや、妥協で自分を言い聞かせることなどない。

一切のごまかしもいらない。


素の自分をいいと言ってくれる
素の相手をいいと思える


大切に思える
大切に思われてるのがわかる


人として尊敬し、尊重してる
人として尊敬され、尊重されている

丁寧に接する
丁寧に対応される

etc

人によって多少心地よさは違うが
自分がそう感じる人とともにいよう。

シンプルに
人と人として付き合える


お互いストレスなく、すり減ることなく、
言い合えて、伝え合えて、
信頼しあえる繋がりがいい。

それは完璧を求めるという意味ではなく、お互いのことを知り、理解しようとし続ける中で、むしろお互いの足りない部分も補完しあえること。

相互に少しずつ出来上がっていくもの。

そのためには
理解しようとすることと
それ以上に
相手にちゃんと伝えることが大事。

自分にとっての当たり前は
相手にとっては青天の霹靂かもしれない。

自分の感じたことや価値観も、
伝えなきゃ伝わらない。

わかってるはずというのは思い込み。

人はそれぞれ100人いれば100人とも違う感覚と価値観で生きているから
自分にとっての当たり前も伝えなきゃわからない。

内なる思いも考えもなにもかも
察してもらおうなど傲慢な考え。

理解しようとし、伝え合い
それでもダメなら
自分を大切にする選択をする。

信頼できて
心地よくて
愛を感じられる

そんな繋がりの中で生きたいのなら

軸は自分に。

感覚に鋭敏に。

それも自分を整え、命を大切に、人生に本気であるということだ。