「生きる」
 

かまち、おまえは
人に好かれるか好かれないかということで
生きているのではなかったはずだ。

 

おまえは、生きる。
ただ自分の生き方を貫く、
それひとつだけのために。

 

おまえは裸。
たったそれだけ、おまえの心しか
この世にはない。

 

おまえの生き方を貫く。
消えるまで、生命が消えるまで、
全ての力を出し切って、生ききる。

 

それがおまえの生き方だ。

 

おまえの生き方を貫け、
それは意地ではない。
美しさだ。

 

今までは人の言うことを聞きすぎた。
みじめな気持ちになり、
仲間が欲しくなり、
ろくでもないやつを仲間だと思い込む。
そこからおまえがくずれていく。

 

かまち、おまえはもっと自分を大切にしろ。
激しく美しく生きろ。

 

みせかけや、
その時のいくじなしなみじめさは、
軽く、安いものだ。

 

激しい美しさ、真の叫びこそが美しい。
くだらん連中に妥協するな。
おまえにはおまえがある。

 

人のことは考えず、自分の生き方を貫け。
輝く激しさだけを信じろ。
今を信じろ。
自分を信じろ。
ただその燃える、一本の生命を信じろ。

 

おまえは美しい。
それは誰がなんと言おうと、
変わることのない偉大な真実だ。
人に悲しまされるな、物事に悲しまされるな。

 

かまち、おまえは生きることを生きろ。
おまえは再びおまえをつかめ。
おまえは眠っていた。
それをゆり起こして、
さあ、
再びおまえを生きるんだ。
再びおまえを!
妥協は敵だ。

おまえはおまえしかないのだ。
おまえがおまえでなくてどうする!?
おまえは生きることを生きろ。
昔を思い出せ!

 

詩人山田かまちは、高校一年の夏(昭和52年8月10日)自宅でエレキギターの練習中に亡くなりました。

 

いまの私が特に響いたメッセージ。

 

 

*お前は裸、たったそれだけ、お前の心しかこの世にはない。
 

*消えるまで、生命が消えるまで、全ての力を出し切って生ききる。
 

*激しく、美しく生きろ。
 

*激しい美しさ、真の叫びこそが美しい。
 

*輝く激しさだけを信じろ。
 

*ただその燃える一本の生命を信じろ。
 

*生きることを生きろ。
 

 

魂がふるえ、涙が滲む。

この世界に共に生きた時間はなかったが、
時代を超えて
この一人の少年の〝命の躍動〟を感じている。

 

時空を超えて
今この瞬間に共鳴している。

青いといえばそうかもしれない。
青春という一言で片づければそれまで。

だけど
こんなにも濁りのない純なるものがあふれでてくる
その内側たるや
なんて、美しいのだろう、、

はかりしれない人間の美しさ
そのものだ。

正しいことを言おうとなどしてない。

誰かを諭そうとも思ってない。

答えや、背中を示すでもない。

自分がよく見られたいとかっこつけてもない。

 

ただただ自分が生きている中で感じている〝そのもの〟を

丸ごとの自分を

こんなにも、まっすぐに言えること。

ほかの誰でもなく自分に正直に

自分自身のハートが感じているものを

自分だけの気持ちを

ただただ素直に伝えられること。

そこに惹かれる。

それこそが美しいと思う。

誰が何と言おうと「生きている」証がそこにある。
命そのものを全身で感じる。

これが青いと感じるのなら
そのような人は「大人になることで失っているもの」に気づかないだろう。

私はそんな風に年齢を重ねることに何の魅力も感じない。

いつから、そんなに無機質で体温を感じない古びたオトナになってしまったのか。

それは、未熟で足りないものがある子どもが
洗練された大人として磨かれたのではなく
単なる肉体と精神の加齢、老化に過ぎない。

人として深まるのではなく朽ちているだけ。
失っているものの方が多い。
 

幼き頃
どんな未来を想像しただろう。
どんなビジョンを描いただろう。
みずからがどんな大人になると思いを馳せただろう。

それらは自然と向こうからやってくるものではない。
待っていればやってくるものではない。

生きてさえいれば自然とそうなるのではなく

そうなろうとしないと、そうならない。

そうなると決めないと、そうなれない。

本気でそうなろうとしたものだけが、そうなれるんだ。

 

生きることは選択の連続。

 

目の前にたくさんの分かれ道がある。

無数の思い、心持ち

そこから発せられる言葉と行動。

 

その1つ1つが

自分という人間を創り

未来へと繋がる。

この先いくつになっても

いや年を重ねるほどに

青く 熱く やわらかくいたい。

無色透明で 潤いある感性を

感じる心を

持ち続けていたい。

素直でありたい。

素直に生きていきたい。

そう思った。