誰だって間違うことはある。

 

人間って、どこまで行っても完璧じゃない。

 

この地球という星で、人間やっている限りは、完全じゃない。

 

不完全な存在。

 

だから、間違っていいんだよ。

 

間違って、当然なんだよ。

 

 

「私、大層な間違いをしてしまって、見抜けなかった。

だから、私、自分のことが信じられなくなった。」という人がいた。

 

 

 

嫌な思い、したんだね。

傷ついたんだよね。。。

 

もう二度と、同じ経験をしたくないとか

味わいたくないというものが

誰しも1つや2つあるだろう。

 

だけど、それ自体が「嫌な思い出」として封印したなら、手を変え品を変え同じようなこと・似たようなテーマはやってくる。

 

最初は、自分の気持ちを感じて、素直に、感情のままにいて。

 

そのときはつらいけどね。

 

でも、そこを抜ける瞬間、超える瞬間があるから

 

そこからが本番なんだよね。

 

最初のフェーズを抜けたら、その意味を咀嚼するんだよ。

 

自分の何が、どんな自分が(自分の想念、エネルギー、考え方、発言、行動、等々)それを引き起こしたのか?

 

一度、立ち止まって見てみるの。

 

それは、自分の内側。

 

いつもは見ない自分。

 

中には、見たくない自分もいる。

 

認めたくない自分もいるよね。

 

 

でも、そこにいる自分をそのまま、そのまま、YESもNOもいわずに何も考えずに、そのまま見るの。

 

 

そして、「私」について、知っていく。

 

自分という人間を知っていくんだよ。

 

「良い」「悪い」じゃない。

 

 

その瞬間の自分をそのままね。

 

 

そうやって、ありのままの自分を見ることができたら

触れられたら

理解できたら

 

問題は外になかったことがわかる。

 

 

「いやな出来事」なんかじゃない

自分で具現化した

自分への愛。

 

またひとつ、魂磨くきっかけをもらったの。

 

 

 

 

より一層、自分が磨かれていくよ。

 

 

 

これは理論ではなく、実践。

机上の学びではなく、体得。

 

 

 

どんな小さなことでもいい。

まずはたった1度でいい。

やってみて。

 

 

 

いらいらしたとき、落ち込んだとき、きついとき

外の出来事、人様が問題だと思ったとき

そのときこそ

ゆっくりゆっくり、自分の内側を見つめてあげよう。

自分自身とお話ししてみてね。

 

 

 

ついつい他に目が行くかもしれない。

でも、自分を見た方が一番早い。

自分に集中した方が、最短最速で、楽になるよ。

自分を生きられるようになると世界が変わるよ。

 

 

どんなに親切な人がいても

どんなに優しい人がいても

他の誰よりも、あなた自身があなたを理解し、認め、愛している。

その状態でいるんだ。

 

 

 

見るべきは、外ではなく内。

人の前に、まずは自分からね。